Glazed Gray

科学と哲学は、真理を探究するという点で同質である――
という言説は既に使い古された感がある。様々な分野における歴史上有名な学者は同時に哲学者であった例など珍しくもない。
もっとも、それが正しいと思われているからこそ、使い古されているのだろうが。
「だから、世界がどんどん複雑化してるっていう事が問題なの」
「でも、連中はそれを解き明かすために力を尽くしているんじゃないのか?」
「けど結局、その探究こそが逆に世界を余計複雑にしてるのよ。自分で自分の首を絞めてるようなものじゃない」
ふと、自分の尻尾にぶら下がったニンジンを追いかけて走る馬の図が頭に浮かんだ。何となくそっちの例えの方が合っている気もする。
「わざわざ単なる現象にそれ以上の意味を探す必要もないでしょうに。因果と目的論の話じゃないけど、私には手段と目的が意味矛盾を起こしてるように見えるわよ」
「探究のための探究か。それがそんなに悪いとは思えないけどな」「世界は本質的にシンプルなシステムよ。それは受け入れて然るべきだわ」
「どうかな。仮に世界が単純に見えたとして、果たしてそいつを額面通りに受け取っていいのかね?」
「実際は違うと、そう言いたいの?」
「さあね。だが外面ってのはえてして騙しを狙ってると相場が決まってるもんだ。第一仮に世界のシンプルさが事実だとしても、当事者の連中にしてみればそれで納得してしまうのは諦感なんだろ」
「むしろ敗北ね」
悟りと敗北は直接にイコールではないが、必要十分条件ではある――
「だいたい、所詮真理だの絶対的な法則なんてのは人の手にある以上ただの道具でしかないだろ。勘違いするなよ、別にプラグマティズムを主張したいんじゃないが、電子レンジの回路図を知らなくても弁当は温められるけど、電子レンジを改良するなんて真似はその構造を理解してない限り無理だって事さ」
誰かが道具を改良し発展させてきた結果として『今』が存在するに違いない。
「生きるための道具の仕組みなんて、どうでもいい人にはどうでもいいのかもね」
「そう考えれば、単純にして複雑なものの意味も見えてくる気がしないか?」
「どういう意味?」
「結局、学者連中がやろうとしてるのは、世界ってシステムが単純である事の証明じゃねぇのかな」
「単純な事ほど証明するのが難しい、とでも言いたいの?」
「概ね、そんな感じだな」
「そうやって、現象を法則化するために別の法則や公理を定義し続けるから矛盾が生じるのよ。探究の本質は物事を単純明快に理解しようとする事のはずよ」
「まぁ、理屈はそうだが……実際問題そんな真似を忠実にやれるのはそれこそ『達人』だのと呼ばれるような奴らか、そうでなきゃどこぞの仙人ぐらいだろ」
格闘技の達人が放つ、強烈な威力を持つ『奥義』も、実際は諸々の物理法則に則っているという。だがそれを放つ彼らが必ずしも数式のような形で法則を理解しているわけではないのだ。
「普通の人間は、まだ感覚だけで世界を理解できたりはしないっていう事なんだろうよ。裏を返せばお前も、そういう特殊な部類に入るって事かもな」
初めて会話が途切れた。
「…………あいにく、社交辞令は間に合ってるわよ」