Horizontal Scarlet

列車は独特の音と振動を発しながらゆっくりと加速し始めた。
「お待たせ致しました、この電車は快速急行の――――」
ガラス越しに立っている車掌の声が、マイクを介して聞き取りにくいノイズに乗る。
ゆっくり流れていた窓の外の景色が、一瞬歪んで、そしてすぐに暗転した。同時に耳に感じる不快な違和感、それに対処するのも無意識になるほどには慣れた。


どがっ――
対向列車とすれ違う衝撃と共に窓が揺れ、真っ暗だったその向こうをちらつく光の帯が埋める。
向かいに座って寝ていた男が、束の間の眠りを妨げられた様子で不機嫌な顔。それを眺めて、何となく片目をつむってみる。こちら側に座れば唐突に眠りを妨げられる心配はかなり少ないのだ。特に眠気を意識しない時でさえ、リズミカルな振動はやがて心地よい眠気を誘う。


一定のリズムで暗闇に微かな光が瞬くトンネルは時間の感覚を希薄にさせる。
実際は僅か4分程度と知っているのに、まだ1分足らずのような気もするし、既に1時間ぐらい過ぎた気もする。
手持ちぶさたになって右側、列車の後方を向いてみても、奥に消えてゆく景色は同じシーンの繰り返し。もし終わりがあると知らなければ発狂ぐらいしそうな気もする。


だが実際には終わりのないトンネルなど存在しないのだ。変化のなかった景色が少しずつ明るくなり、そして唐突に一変した。緋色に彩られた風景が高速で過ぎ去り、際限なく移り変わってゆくことにスピードを感じる。
やがて人影がまばらなホームを駆け抜けると、窓の外の視界も、列車の車内も赤く染まった。奏でるリズムは相変わらずに、遥か向こうの海まで続く街並みを見下ろしながら列車は緩やかなカーブに沿って山を軽快に下ってゆく。


ほとんど真正面に見える夕日が、街も、山も、雲も、海も、人も、優しく全てを照らす。
この時間帯にこの列車に乗った回数はもはや数え切れないくらいにはなる。それでもこの風景は何度見ても決して飽きることがないのが不思議。
感動に慣れてしまうことがないのは多分とても幸せな事だと思う。
けどきっとそれは当たり前でもあるんだろう。慣れるという事は、生きる為の枷を取り除く事だから。


やがて列車が下りきる頃には、既に太陽はその姿を半ば以上隠し、空は赤と青のグラデーションに覆われていた。見上げる山は既に暗闇に包まれつつある。この、昼が夜に移ろう僅かな隙間が好きだ。
あと10分か15分かしてもう一度トンネルに入る頃までには、空は完全に暗闇が覆っているだろう。
そう思いながら、今度は両方の瞼を閉じた。